保護帽

知的障害・身体障害がある兄の足腰の力が弱ってきた。もともと左半身に麻痺があり、単独歩行はかろうじてできる程度だったが、58歳になりだんだん体力も低下してきたのだろう。
そういえばこのところ、弟の自分も弱ってきたのでそれはそうだろうと思う。

愛知県コロニー養楽荘の担当の方からお電話をいただいた。たまたま会長(母)が急激な血圧低下があって愛知医大に緊急入院していたので、自分のところに電話がかかってきた。要件は、兄がよく転倒するようになったので防護帽を作りたいとのこと。母とは既に保護帽を作る方向で話は進んでいるから後は減免申請の手続きを代わりに願いたいということだった。
(より詳しく言えば、実際に購入する保護帽の1割ではなく、基準額の一割負担で済むということなので、実際にはもう少し負担額が大きくなる。)

自分はたまたま東京で処理しなければならない仕事が続いていた。そのために往復の費用がかかり、保護帽の制作費よりもはるかに高い交通費の支出が余儀なくされる。相手との時間の調整もあってなかなかたいへんであることを直感したので、たいへん不遜だとは思ったが、減免申請をしないということではだめなのかとお伺いした。とろこがそのように手続きが進んでいるので変更はできないということだった。

であれば担当の人にご迷惑を掛けてもいけない、早速名古屋に帰り、日進市の窓口へ行って減免申請をということになった。
ひとつの障害者用の補そう具をつくるにも、申請に担当施設職員、家族、申請を受け付ける役所、製作者が多大な労力をかけていて、実際には見えないコストがかかっているものだと痛感した次第だ。

しかし、この話、どこか腑に落ちないものがある。保護帽の1割負担の手続きは煩雑でみんなが頑張らなければならないという話に隠れてしまっているが、本当はもっと別のところに本質的な問題が潜んでいる。
それは利用者が保護帽が必要になることをできるだけ遅らせるようなケアについて検討することができないことだ。もちろんコロニーの問題というわけではない。私たち知的障害者施設全体の話だ。

転倒を防ぐことが目的ならば、杖の訓練は早期から考えられなかったのだろうか。いろんなタイプの杖があり、兄も使用できるものがあるかもしれない。

施設の設計や内装材の選択などで転倒しても簡単に怪我をしない施設を作ることができる。例えばレジデンス日進の場合、床材に桐を使用している。これは大変やわらかい木で傷が付きやすいという欠点がある反面、利用者の怪我を未然に防ぐことができる。もちろんマットなどと違い、やわらかすぎて歩行時にバランスを崩すこともなく、具合が良い。手足をできる限り使い、なおかつ失敗して転倒しても痛いが怪我をしない。

他にオムツの装着もお願いされた。兄は食事の後の移動に時間がかかり、トイレに着くまでに漏れてしまうことが多くなった。それでオムツの装着の話になった。これについては、オムツの装着を母が拒否したため、まだ装着にはいたっていない。近年、オムツの装着によって認知症が進むことがわかってきた。オムツをすることによってさらに介護度が高まってしまい、人的な資源が必要になってしまうというこもある。
保護帽について兄は特に問題はないと思うが、人によっては保護帽を被らない、引きちぎる、食べるというような不適応行動を誘発することもある。本人の障害から来るハンディを調整するために、様々な補そう具が考えられるが、その効果は総合的に見ないとわからないことが多い。

私たちの仕事は、限られた資源の中で知的障害者の人たちのQOLをできる限り高めることだ。QOLの向上のために支援計画は、支援者の人的な支援のコスト、施設の設備、毎日のデイリープログラム、補そう具、本人を支える家族の生活などを総合的に判断して選択・決定する必要がある。その意味では知的障害者のケアマネジメント相談者の要求水準は高齢者のそれと比較にならないほど高い。

ただ、この一連の話を知り得たら、生まれてはじめて保護帽を被った兄は何を思うのだろうか。
「帽子をかぶっとくわ」とたしなめられるような気がする。