天白ワークスのKさんの妹さん(67歳)が亡くなられました。熊本在住の弟さんが駆けつけられ通夜告別式をされました。
Kさんは亡くなられた妹さんと二人暮らしでした。
妹さんはKさんに
「もし、自分が死んだら弟のところに電話するんだよ」
と日頃から教え、メモを渡してあったようです。Kさんはそのとおりに弟さんに連絡し、弟さんが来名されすべてを片付け、熊本のご自身の家の前にある借家がちょうど空いたのでそこにき引き取るとのこと。本人も家族も納得しているとのことにまずはひと安心しました。

名東福祉会がスタートして以来、私は似たようなケースをいくつか経験してきています。今回は遠くに住んでいらっしゃる弟さんがすべてを解決してくださったのにはたいへんありがたいことだと心から感謝します。

Kさんは15年も前に天白ワークスの記事が新聞に載ったとき、大きく私の顔写真が写っているのを見て、妹さんに
「この会社の社長だったら働きに行ってもいい」
と、妹さんと来所されたことから始まります。
天白ワークスは会社ではないこと、工賃は少ないこと等々を納得していただいて15年。楽しいエピソードもたくさんありますし、
仕事をすることに厳しい面ももっていましたし、重度の利用者に対しては最も手厳しく、時々怒って所長に訴えてくることもありました。

旅行に行ったときには私と々部屋でふたりで寝ることができるので、妹さんのことやお母さんのこと、彼氏のことまでも話をしてくれたことを思い出します。先日、天白ワークスでお別れ会をした時、楽しかったことのひとつとして
「旅行で所長といっしょに寝たね」
と思い出話をしてくれました。

障害を持っている子を持つ母親は、いつでも自分が死んだらこの子はどうなるだろうとみんな思っています。
年老いて両親が亡くなってからも、ずっと兄弟姉妹で生活の面倒を見ているケースをいくつでも私は知っています。

Kさんの妹さんは、自分が熊本から集団就職をして名古屋に来た時以来、ずっとみ続けて、自分が定年退職をしてこれから少しは人生を楽しく生きてほしいと思う時に急逝されたことはあまりにも悲しいことです。私は心ゆくまであなたと話がしたかったと悔やまれます。
あなたは、「これも運命だからあたりまえ」と、さらりと話されるのでしょうか。

2007年8月23日 | カテゴリー : ななえ日記 | 投稿者 : 加藤 奈々枝